明日はいつ来る

まるで儀式のように きみはまた長い眠りに落ちる

まる二日になるか三日になるか 一日二回の食事以外ひたすら寝ている

たくさん飲んでいる薬のせいだろう 先生に聞いてもはっきり答えてはくれない

長い眠りから覚めた後は必ず一日二日具合が悪くなる

一日目が被愛妄想で二日目が頭の中で同じ言葉がグルグルと繰り返される

ひどい時はそれで死んでしまうのではと思うほど辛いらしい

よほどの時は出来ないけれど なるべく辛くとも苦難を受け入れ

大難を小難にしていただいて感謝するようにしている

その後一日二日落ち着いた日がある 

時にとても気持ちが晴れてまた少しカルマが消えて

神様に近づけると喜んでもいる



こんなことをひと月に四、五回繰り返す

もう何年になるだろうか 同じことの繰る返しで私もほとほと疲れてしまう

ゆるいらせん階段を登っているのだろうか そう思わなければやりきれない

苦しみが去った後 薬もたいせつだけど自分次第なんだと彼女は言う

こんなに健気な娘なのに いつまでもカルマはつきまとう

試練だけれど何時かは報われるから有り難いと思わなきゃいけないと言う

よくぞ言ってくれた よくぞ分かってくれた あっぱれである

日々の波に私もまた翻弄される わかっていても辛いし嫌になる

だがしかし 私とて身魂を不断に磨いて一筋の誠を通さねばならない



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この記事へのコメント

ぶんな
2018年01月14日 21:35
 いつか、私ども夫婦は受け入れがいいと言われている、というような事を仰っていましたね。わたしも、そう思わせられます。お嬢さまの苦しみが、私にもそのような友達がいますので、かなり症状は理解できるつもりです。ただ、その苦しみの過酷さを一体どのように共有すべきかに、心がおろおろしてしまうときがあります。

 しかし、お嬢さまの場合、見守ってくださる親がいる、見捨てない存在があるという事が、無意識にも苦しみのさ中にあるときにも支え慰めとなっているものと思いますし、人の一生はどんな人生も永遠という角度から、必ずどの時点かで辻褄が合う、そのように信じます。
「自分次第」と仰った、このことは本当にすごい事だと思います。
「一筋の道を通す」、巨大な建築物を完成させるに勝る大事業であるなと思わせられます。人に課せられる〝事業〟は、かくも様々にあるかと思いました。
2018年01月15日 20:59
ぶんなさん、コメントありがとうございます。
>人の一生はどんな人生も永遠という角度から、必ずどの時点かで辻褄が合う、そのように信じます。

このような言い回しは初めてきいたと思います。永遠という角度から、というのは神の視点からと言い換えても間違いではなさそうですね。いつか辻褄があうことを私も信じています。
人に課せられる人生は本当に様々で、一つとして同じものはありません、ただ、目的地は同じだと思います。

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